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ドクター紹介

 

院長 藤澤空彦

突然ですが、美容整形と聞くとどういうイメージを持たれますでしょうか。

昨今の美容医療業界は昔に比べるとオープンになってきており、人によってはなじみ深い、当たり前のものになってきているとは思いますが、まだまだ「怖い」「何されるかわからない」「ぼったくられそう」など負のイメージを持たれる方も多いと思います。

私自身もこの業界に入るまでは、全く未知の世界であり、想像もつきませんでした。

しかし、そんな業界だからこそ、来院される方ができるだけ自分の言葉で悩みをお話いただけるような、そしてしっかりご納得された上で安心して施術いただけるようなクリニックを作っていくことがわれわれの使命だと考えています。

クリニック名であるOlinoという言葉はハワイ語で“Oli(喜び、楽しみ)”と“lino(輝く、結ぶ)”の造語で、当クリニックに来られる患者様だけではなく、その患者様の周りの方々、あるいは当クリニックで働くスタッフや関係者の方々全員が、今より笑顔が輝ける、喜びあふれた未来になりますようにという思いを込めました。

正直なところ、美容クリニックに行くことだけでも相当な勇気が必要だと思います。ましてや自分のコンプレックスを打ち明けることは非常に抵抗があると思います。

ただそれでも来ていただいた方に最後には笑顔になっていただけるよう、スタッフ一同全身全霊尽力いたします。

よろしくお願いいたします。

プロフィール

2009年 九州大学医学部医学科
2009年 公立豊岡病院(初期研修医)
2011年 九州大学病院小児外科医局に所属
その後医局人事により
茨城こども病院防府消化器病センター北海道大学病院消化器外科Ⅰ愛媛県立中央病院にて勤務。
大人の外科から小児新生児の手術まで幅広く修練を積む。
2016年 水の森美容外科
2018年 水の森美容外科名古屋院 副院長
2019年 共立美容外科
2020年 共立美容外科梅田院院長
2021年 共立美容外科神戸三宮院院長
2022年2月 神戸市東灘区住吉にOlino美容外科・美容皮膚科を開業

美容治療において、もっとも大切なのは、経験技術力丁寧さです。
どのような施術であっても、この3つの要素は不可欠であると思っています。

経験

今まで、有名美容外科にて多くの技術を学び、たくさんの手術を行ってきました。
多い時で、二重切開であれば1日4件、二重埋没法であれば相談も含めて1日15件。施術件数に関しては、少なく見積もっても1万件以上は行っております。たくさんの方のお顔を見させていただき、多種多様なお悩みに真剣に向き合い、一人ひとりに合った最善の治療をご提案してきました。

技術力

自分自身は米粒に文字を書く職人さんみたいに、手先が器用で、なんでも上手に、早く施術することができるとは思っていませんが、小児外科医時代に培った“手術を見る目”を生かして、上手な先生の手術をすべて、理屈抜きに完全コピーしていました。
美容外科に限らず外科手術は、見る目と頭の中でイメージすることが大事で、それを怠ってしまうとどんなに器用であっても、結果うまくいきません。今でこそ自分なりに手術手技を日々アップデートしていますが、完全に自分の手術を確立するまでは、毎日毎日上手な手術を見て学び実践することにより、現在の技術力を身につけることができたと思っております。

丁寧さ

いくら経験があり、いくら技術力があっても、少しでも雑に手術してしまうと、思ったような結果が出ないということはよくあります。自分自身、ときとして手術や相談に時間がかかることがあり、他の患者様を待たせてしまったこともありましたが、それは、できるかぎり丁寧な対応や手術を行い、目の前の患者様に満足し、喜んでいただけるようにしたかったからです。常日頃から、時間が許す限り、丁寧にお話しし施術を行うよう心がけています。

個人史については下記をご参照ください。

 

所属学会・資格

日本美容外科学会 正会員
BOTOX VISTA®認定医
ジュビダームビスタ®認定医

 

院長の個人史

 

どんな美容外科医なのか、こちらを見ていただいて少しでも皆様の安心につながればと思い、これまでの人生について書いてみました。ご興味がある方はぜひご覧になられてください。

 

幼少時代

1984年11月18日、大分県大分市生まれ。2歳の頃に長崎県佐世保市に引っ越し、小学生まで佐世保で育ったため、出身を聞かれたときは佐世保出身と答えるようにしています。

幼少期は体が大きく、やんちゃだったらしいです。高いところから落ちて、腕の骨にひびが入ってギブスをしていたり、体育の先生にプールでよく投げ飛ばされていました。

幼稚園はカトリック系の幼稚園に通っており、「あのね、今日あそこに神様がおった」と親に話すくらい信仰深かった(笑)ようです。

 

少年時代

習い事は空手や水泳をしていましたが、長続きせず1年ほどでやめてしまいました。ただ、小学3年生頃より始めた将棋だけはかなりはまってしまいました。最初はだれにも勝てませんでしたが、将棋の本を買っては読み、実践に使ってみる…これを繰り返し行ったところ、いつの間にか上達し、佐世保の大会で優勝したり、全国大会などにも出場できるようにもなりました。

小学生高学年になると、父の背中をみて自分も医者を目指そうと、ほのかに志すようになってきました。

 

中学時代

小学生から中学生になるときに、佐世保市内で引越しを行い、結果的に父と同じ中学校に進学しました。その当時は割とやんちゃな中学で、よく他校と喧嘩したり、新聞に(あまり良くない意味で)取り上げられたりしていました。一見悪いようにみえる中学校だったのですが、中にいる人間としては、わりと友達もたくさんいましたので、実は居心地がよく、結構楽しい中学生活を謳歌できたと思っています。

 

高校時代

青雲高校という高校に入学し、寮から通っていました。初めての寮生活。長崎では進学校だったため、中学生の時とは打ってかわって勉強三昧の毎日となりました。夜中、寮で消灯した後は寮監にバレないようにこっそり暗闇で遊んでいたため、だいたい次の日の授業中は眠気との戦いでしたが、そのかわり寮で決められた時間(約4時間程度)はしっかり勉強していました。継続は力なりとよく言われますが、無事大学に合格できたのは、決められた時間はしっかり勉強していたことが大きかったのではないかと思います。

 

大学時代

九州大学医学部に進学しました。高校まで、わりと自分に厳しく勉強していた反動のためか、いかに勉強をさぼるのか、いかに勉強以外を頑張るかを考えていました。そのため、いつ留年してもおかしくないほど、ギリギリ崖っぷちの成績でしたね(笑)

成績は人に言えないほど悪かったですが、部活(硬式テニス)といろいろなバイトには積極的に、ストイックに参加しており、バイト先の社会人の方々、大学の先輩後輩、そして同級生には人間的に助けられ、鍛えられたと思っています。

 

研修医時代

初期研修は兵庫県豊岡市にある公立豊岡病院で2年間医師として従事しました。外科や内科、救急、小児科、麻酔科など、様々な科を回る中で、ひときわ気になっていたのが形成外科でした。

実は僕自身、研修医時代に一度新聞に取り上げられたことがあります。

…実は夜中、知らない人に突然振り向きざまに殴られたんです(無差別だったみたいです)。その時、眼窩底骨折という骨折をしてしまい、形成外科の先生に治してもらいました。

その時に形成外科という科に興味はあったものの、学生時代に小児外科医になるという夢があったため、研修医が終わると小児外科の医局に入局することとしました。

 

小児外科医時代

初期研修が終わると、すぐさま九州大学の小児外科に入局しました。小児外科ってあまり知られていませんが、実はやりがいがあるお仕事です。その当時は新生児から大人に至るまでいろんな手術をさせていただきました。小さい手術が多かったですが、その分手先は鍛えられたと思っています。

ただ、僕自身医局の人事で、1年おきに九州大学病院、北海道大学病院、茨城県立こども病院、愛媛県立中央病院などさまざまな病院に派遣されていました。毎年1000kmを超える引越し。1年おきの異動がだんだん辛くなってきて、今後も続く可能性もあったため、別の道に進もうと考えるようになってきました。(念のためお伝えしておくと、医局人事でここまで北から南まで異動するのは珍しく、普通はないと思います。その当時、僕自身が独身であったこと、どこに行ってもとりあえず無難に仕事をこなせて使い勝手がよかったから、異動をさせていたと後々言われました)

転職しようと考えていた時に、ふと思いついたのが、昔お世話になった形成外科です。そして、いろいろな転職サイトを見ていた時に、僕の目が釘付けになったのが美容外科という分野でした。美容外科という分野は、当時の僕には全く無縁でしたが、形成外科の中でも美容外科という未知の分野がどんな世界なのだろうと、考えただけでもワクワクしたのを今でも覚えています。幸いなことに、いろいろな方々に小児外科に残るように説得されましたが、美容外科に行きたいという気持ちが強く、思い切って美容外科の世界に飛び込みました。

 

美容外科医時代

思っていたよりもはるかに違う世界でした。保険診療は病気で苦しんでいる人を相手にしますが、自由診療はもともと病気ではない方を相手にします。なので、まずはお話の仕方を徹底的に叩き込まれました。保険診療では患者さんとお話をすることを「診察」といいますが、美容医療においては「相談」「カウンセリング」といいます。全てにおいて、まるで考え方が違うことが新鮮でした。気を改めて一からやり直しです。研修医の気持ちでカウンセリングにおけるドクターや話し方や手術の時のお声かけ、注射、手術手技など全てにおいて隅々までコピーできるように、覚えてはシャドーイングをし、日々研鑽を積みました。

大手美容外科には、そのネームバリューや実績から多くの方が来院されます。在籍しているドクターは多くの手術をすることができます。僕自身も多くの手術をさせていただきました。ただ、大手美容外科は最終的には価格が高い。価格が高いのは、クリニックを運用するための家賃、人件費、広告費、ドクターも様々いますので、万が一トラブルがあった時の解決するための費用などが含まれているためで、致し方ない部分はあると思います。ただ、払うのは来院される患者様。「安かろう悪かろう」はよくないと思っていますが、「安かろう良かろう」であれば、素晴らしい美容クリニックになるのではないかと考えました。

そのような美容クリニックを目指し、今後も頑張ってまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。

 

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